4年後。修道会に属しながらの活動に限界を感じたマザー・テレサは、新しい教団《神の愛の宣教者会》を作りたいと、エクセム神父に申し出る。それに応じてバチカンからやって来たのが、セラーノ神父(セバスティアーノ・ソマ)だった。カルカッタに到着した彼は、さっそくマザー・テレサに会おうとするが、当のマザー・テレサの前には、すぐに解決しなければならない難問が山積みの状態だった。寺院を改装して開設した《死を待つ人の家》に対する地元住民の猛抗議。孤児院の違法性を主張し、閉鎖を求める役所の命令。そのひとつひとつに、誠意と情熱で立ち向かっていくマザー・テレサ。しかし、それを知らないセラーノ神父は、なかなか自分に会おうとしない彼女を尊大な人間だと思いこみ、バチカンに否定的な報告を送ろうとする。が、実際、彼の前に現れたマザー・テレサは、尊大さのかけらもない人物だった。「私は、神が手に持つペンにすぎないのです」と語るマザー・テレサの無私無欲な姿勢に、深い感銘を受けるセラーノ神父。彼は、《神の愛の宣教者会》の設立を後押ししたばかりでなく、自らもカルカッタにとどまり、マザー・テレサのかたわらで同じ道を歩もうと決意する。
 1965年。教団の活動がますます活発になっていくなかで、マザー・テレサは、カルカッタのティタガールに、ハンセン病患者のための《平和の村》を建設する計画に着手する。これに対しては、「マザーのせいで、カルカッタに不幸と貧困のレッテルが貼られてしまった」と、インド国内から多くの批判の声があがったが、それが大々的にニュースとして報じられたことにより、世界各国から多くの寄付金が寄せられるようになった。「神が望めば資金は集まる。神が望まなければあきらめる」と、いつものように粘り強く、精力的に、資金の調達と計画の推進に走り回るマザー・テレサ。書類の不備によって建設計画が頓挫しかけたとき、彼女はバチカンに乗り込み、教皇に直談判することもした。その努力が実り、村の建設はようやく再開にこぎ着けたものの、完成までの道のりには予想外の困難がつきまとった。まず、マザー・テレサ本人が狭心症の発作に見舞われたのに続き、イギリスからやって来た献身的なボランティアのアンナ(エミリー・ハミルトン)が、硬化症に冒されて帰国しなければならない事態が発生する。さらに、村の建設に多額の献金をした人物が、ダーティ・マネーを提供したことが発覚。詐欺事件に巻き込まれたマザー・テレサは、たちまちスキャンダルの渦中の人となる。
 その事件に追い打ちをかけるように、孤児院の養子縁組をめぐるスキャンダルも持ち上がった。リヨンの里親に引き取られた少年の名前と顔写真が一致しなかったことから、マザー・テレサに人身売買の疑惑がかけられたのだ。警察の取り調べが進むなか、真実の追求に乗り出したマザー・テレサは、イギリスのアンナに電話で助けを求めた。「あなたの祈りで天国を揺さぶって」。やがてその祈りは通じ、書類の偽造は、教団の元スタッフの善意によるものであったことが判明した。警察で涙を流しながら事情を説明するその女性を、マザー・テレサは、黙って優しく抱きしめた。
 さらに15年の歳月が流れた。いまや教団の活動は世界規模に広がり、国際的に名前が知られるようになったマザー・テレサには、オスロでノーベル平和賞が授与されることになった。受賞パーティの贅沢なメニューを聞いて、目を丸くするマザー・テレサ。どれほどの栄誉を受けようとも、彼女の心は、市場で孤児たちの食糧を集めていたときと同じように、つねに最も貧しい者たちと共にあった。
 しかし、そんなマザー・テレサも、肉体だけは、昔と同じというわけにはいかなかった。心臓発作に倒れた彼女が手術を受けることになったとき、回復を誰よりも強く願っていたエクセム神父は、「私の命を差し出します」と、神に祈り続けた。その祈りが聞き届けられたかのように、エクセム神父は、マザー・テレサの退院と引き替えにこの世を去った。それを知ったマザー・テレサは、人生最大の恩人であり、最強の味方でもあった神父の死を、心から悼んだ。
 そして1997年。マザー・テレサも、ついに天に召される日がやって来る。しかし、たとえ命の灯は潰えても、彼女の魂は、確実にこの世界に残った。教団で苦労を共にしてきたシスターたち、イギリスで祈りの生活を続けるアンナ、弱者に救いの手をさしのべる医師、そして、教団の組織化を嫌ったマザー・テレサの遺志を受け継いだセラーノ神父の中に――。自分自身は何ひとつ望まず、人に与えることに全生涯を捧げたマザー・テレサの存在は、いまも人々の心に生き続けている。